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【コラム】空手初の天覧試合、正面礼の源流とは

文:格闘技研究家 大森敏範

 本日は天皇誕生日。「天覧試合」について書いてみたい。

「天覧試合」といえば、大相撲をこよなく愛された昭和天皇が、東京場所をご見学される「天覧相撲」や、野球では9回裏、長嶋茂雄が劇的な逆転サヨナラホームランを打った、1959年6月25日の巨人vs阪神戦を思い起こす方も多いことだろう。

 天覧試合とは天皇陛下が武道やスポーツを観戦するために会場にご臨席すること。皇太子など天皇陛下以外の皇族がご臨席し観戦する場合は台覧試合という。

 武道においての天覧試合は、明治、大正期から行われていたが、昭和に入ってから盛大に行われるようになった。

空手初の天覧試合で武道館の北側に設けられた天皇陛下のお席

 昭和最初の天覧試合は昭和4年(1929年)5月4日・5日、昭和天皇即位の礼を記念し、皇居内旧三の丸 覆馬場(おおいのばば)及び済寧館(さいねいかん)で行われた「御大礼記念天覧武道大会」である。
 この時代、天覧試合に出場することは武道家にとって最高の栄誉とされていた。この時、柔道指定選士(宮内省選定)の部で準優勝したのが、「鬼の牛島」と呼ばれた牛島辰熊である。二回目の天覧試合は、「皇太子殿下御誕生奉祝天覧武道大会」として昭和9年(1934年)5月4日・5日、継宮明仁親王の誕生を祝い、皇居内済寧館で開催されたが、奮闘むなしく、牛島はまたしても優勝を逃す。

 そして、昭和15年(1940年)6月18日~20日、神武天皇即位紀元2600年を祝い、皇居内の済寧館で行われた三回目の昭和天覧試合「紀元二千六百年奉祝天覧武道大会」に牛島が送り込んだのが一番弟子の木村政彦である。牛島により徹底的に鍛え上げられた木村は、師の期待に応え見事優勝を果たし、短刀が下賜された。

空手界初の天覧試合に超満員となった日本武道館

 空手界に目を転じると、今から55年前の昭和36年、公益社団法人日本空手協会主催の「第5回全国空手道選手権大会」において、皇太子殿下(今の天皇陛下)のご臨席を賜る「台覧試合」(皇族が臨席される試合)が東京体育館で行われた。そして、本年12月11日、日本武道館で行われた全日本空手道連盟主催「天皇・皇后杯 第44回全日本空手道選手権大会」において、天皇陛下が初めて臨席され、男女個人による形と組手の決勝戦を観戦された。日本武道館は超満員の観衆で埋まっていた。

 1964年、東京オリンピックでの柔道無差別決勝戦アントン・ヘーシンクvs神永昭夫の一戦など多くの名勝負を取材した、当時、日刊スポーツ新聞の運動部記者だった宮澤正幸さんと後日、話す機会があったが、この観衆の多さについて

「武道館にこんなにたくさんの人が入ったのは、山下泰裕と斉藤仁の最後の戦いが行われた1985年の全日本柔道選手権大会以来かも知れない。空手が東京オリンピックでの開催都市追加種目に決定したためか、報道席もかつてない数の記者で埋め尽くされていました。きっと、はじめて空手の試合を見た記者も多かったことでしょう」と驚かれていた。

 日本武道館は中国故事「君子南面す(天子は南を向いて執政する)」のとおり、正面席を真北に設けている。真北に座り南を向いて観戦する。

 16時03分、「間もなく天皇陛下がご臨席になりますので、ご起立をお願いします」のアナウンスの後、陛下が武道館正面席に入場された。会場を埋め尽くした超満員の観客の拍手が鳴り響く。「全日本空手道選手権大会」における初の「天覧試合」である。天皇陛下は真北に用意された席に座られ、女子個人形決勝戦、清水希容対大野ひかるの一戦の幕が切って落とされた。

天皇陛下に向かって正面に礼をする選手と審判団

 主審の「正面に礼!」の発声のあと両選手が礼をすると、陛下はゆっくりと返礼をされた。

 戦前、京都にあった武道専門学校の武徳殿で、正面に玉座(天皇がお座りになられる席)が設けられていて、この武徳殿での号令「正面(玉座すなわち陛下)に礼!」が、全国に広がり武道の礼儀として定着したといわれている。

 これが、正面礼の源流である。礼を以て始め、礼を以て了えることを旨とする武道において、終戦までは、その号令は即ち、武道家が稽古時も試合時も、(たとえそこが空席であろうとも)常に陛下の存在を意識し、礼節を形作ることを意味する。

 武道館においてかけられた号令とは、その古式に則った、正しいありかたを意味した。

 そして、この日、陛下はおでましになった。

 日本古来の武道である空手の試合場に、歴史上初めて、陛下の御光臨を仰ぐという、まさに歴史的な瞬間に立ち会うことが出来た、という思いに、胸が熱くなることを禁じ得なかった。

 競技の間中、にこやかに目を凝らされていた陛下のお姿を思い出すにつけ、これからも健やかなる日々をお過ごしになられることを、お祈りするばかりである。

<著者プロフィール>
大森敏範
1961年、東京都生まれ。
日本大学卒業。大学入学と同時にキックボクシング部入部。デビュー戦での 1ラウンド8秒KO勝ちは史上最短KO記録。『最強格闘技の科学』(福昌堂) にキックボクシング代表として登場した。
シオノギ製薬勤務後、日本初の格闘技専門スポーツカフェ「Fighting Cafe コロッセオ」を水道橋にオープン。
K-1公認審判員、K-1公認審議員を歴任。
現在、中高年のための キックボクシングイベント「NICE MIDDlE」を主宰。
2016年12月21日に「押忍」についての研究書、「押忍とは何か?」が三五館より発売された。
株式会社アスリートフーズ代表取締役。

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