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【コラム】元UFC王者フランク・シャムロックが5年ぶりに来日
天心、RENA、KINGレイナ、マクレガーvsメイウェザーについて語る

元WOWOWのUFC中継解説者としても知られる格闘技ジャーナリストの稲垣收(いながき・しゅう)氏が、世界を舞台に格闘技のディープな情報を発信する世界格闘技最前線。
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 元UFCライトヘビー級王者でティト・オーティズやエンセン井上らを破った“レジェンド”フランク・シャムロックが5年ぶりに来日した。RIZINのアメリカ向け放送で解説を務めたフランクは、那須川天心ら若手選手たちの台頭を絶賛。そして翌日は、奥多摩で“初めてのお花見”と純米酒を満喫しながら、現在UFCが抱えている問題についても語った(文:稲垣 收)

 元パンクラスの暫定王者で、その後UFCでライトヘビー級王者となり、“ハンティントン・ビーチの悪童”ティト・オーティズやロシアの強豪イゴール・ジノビエフらを相手に4度の防衛を果たした“レジェンド”フランク・シャムロック。そのフランクが5年ぶりに来日を果たした。

多摩川の源流近くで、始めて見る桜と清流に興奮し、絶叫するフランク

 前回は「グローリー」の解説者として実況チームを率いての来日だったが、今回はRIZINのアメリカ向け英語放送で、前回と同じく実況アナウンサーのマウロ・ラナロと一緒に来日した。(ラナロはバス・ルッテンと共にPRIDEのアメリカ向け放送で長年実況を担当していたアナウンサーである)

 大会終了後、フランクは筆者に「久しぶりに一緒にビールを飲もうぜ!」と電話してきたので、都内のバーで一緒に飲んだ。

 意外なことにフランクは20回以上来日しているにもかかわらず桜の花を一度も見たことがない、と言った。だから翌日は、まだ桜の咲き残っている奥多摩に連れて行き、奥多摩の酒造で、できたての純米酒と桜を楽しんでもらった。

「日本酒は何度も飲んだけど、こんなにうまい酒は初めて飲んだよ!」と大喜びしてくれたので、ホテルから2時間近くかかる山奥まで連れて行った甲斐があったというものだ。

「桜の花も初めて見るけど、ホントにきれいだね! 信じられないほどだ!」と言って、純米酒を飲みながら何時間も見惚れていた。

■ “ケン・シャムロックの実弟”という触れ込みだったが…

 筆者とフランクが初めて会ったのは、フランクがまだ現役のUFC王者でありながらリングスに参戦し田村潔司と対戦した1999年4月だった。試合後にインタビューした際に気が合って意気投合し、以後フランクが来日するたびに酒を酌み交わし、時には筆者がカリフォルニアのフランクの家に行ってプールで一緒に泳いだりもした。

 フランクが最初に来日したのはパンクラス参戦のためだった。

咲き誇る花を見てご満悦のフランク(左)と、カナダのテレビ局のハリス

 パンクラスでは、もともと“ケン・シャムロックの実弟”と紹介されていたが、実はこれは誤りで、“実弟”ではなく“義弟”つまり、義理の弟である。

 少年院帰りの不良少年たちを自宅に住まわせ、「シャムロック・ボーイズ・ランチ」という牧場を開いていたボブ・シャムロックが、まずケンを養子にし、その後フランクも養子になったのだ。しかし彼らは、ここでは、ほとんど一緒に暮らしてはいない。

 ただ、フランクが格闘家を目指すことに決めた際、義父ボブがフランクに
「ライオンズ・デンに行ってケンに戦い方を教えてもらえ!」
 と命じ、そこでフランクはケンの率いる道場、ライオンズ・デン入りして、格闘技を学んだのだ。

 フランクは、両親の愛に恵まれずにグレて、ケンカばかりしていた。だが本格的な格闘技は全く知らず、ライオンズ・デンの選手たちに毎日ボコボコにされた。パンチもキックも関節技も、何一つまともにできなかったからだ。

 だが、そこで毎日やられてボロボロになりながらも、練習後、毎晩ノートをつけ、どんなふうにやられたのかを図解も交えて克明に記した。そして、どうやったら逃げられるかを必死になって考えたのだ。

 そうやって何ヵ月か経つうちに、誰を相手にしても、やられることがなくなり、やがて自分から攻撃をしかけられるまでに成長したのだ。

純米酒を飲んでご機嫌のフランク(中央)と実況アナウンサーのマウロ・ラナロ(右)

 そして当時ケンが参戦していた日本のパンクラスに送り込まれ、そこでパンクラスの日本人練習生たちと横浜の寮で共同生活を送り、毎日道場で切磋琢磨したのだ。ただし、日本式の「ちゃんこ」の食事にはなじめず、オートミールばかり食べていたという。

 やがてパンクラスで格闘技デビューの時が来た。1994年12月、格闘技デビュー戦でいきなりオランダの強豪バス・ルッテンと対戦し、なんと判定勝利を収めてしまう。これによって一気に注目を集めたフランクは、パンクラスで試合を重ねることでさらに実力を磨き、96年1月には鈴木みのるを破ってパンクラス暫定王者となった。

 そして97年12月に日本で行われたUFC JAPANで、バルセロナ五輪のレスリング金メダリストのケヴィン・ジャクソンを破ってUFCミドル級(現ライトヘビー級)王者となるのである。その直前にはヴァーリトゥード・ジャパン97で、“大和魂”エンセン井上を破っている。

 そしてUFCでは、イゴール・ジノヴィエフ(エンセンやマリオ・スペーヒーをKOしたロシアの強豪)をわずか22秒で投げにより失神KOさせて、鎖骨を砕いて再起不能に陥らせた。ジェレミー・ホーン、ジョン・ローバー、ティト・オーティズにも勝って4度の防衛を果たし“アメリカ総合格闘界のレジェンド”となったのだ。

 そんなフランクが見た4・16「RIZIN」横浜アリーナ大会での那須川天心、RENA、KINGレイナについて語り、コナー・マクレガーvsフロイド・メイウェザー・ジュニア実現の可能性についての見解を示した
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