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第4回 桜庭和志VSケン・シャムロックの巻

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写真提供:DSE

■返しの反応力・スピードに練習の成果が

 桜庭がブラジル・シュートボクセで約40日間の練習を終えての帰国後第一戦。 相手はUFC創成期からVT界に君臨するベテラン戦士シャムロック。

 典型的なサブミッション・ファイターであるシャムロックは 打撃修行の成果を試す恰好の対戦相手でなかっただろうか?

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 何故なら、シャムロックの打撃技術には返しやカウンターを取れる技がなく、桜庭戦に辿り着くまでにドン・フライ戦など壮絶な打撃戦の試合を多く重ねており、かなり打たれ脆くなっていることが推測できたからである。

 試合が始まるや、桜庭はいつものようにサウスポーに構えるのではなく 腰を落とし気味にオーソドックスに構えている。

 シュート・ボクセでの練習により、オーソドックス構えに変えたのか定かではないが、故意的に構えを変えていた。

 桜庭は元来、典型的なサブミッション・ファイターであったが、この試合で数度にわたってオーソドックスにスイッチを行い、普段の手を前に出した構えでは なく手を閉じた覗き見スタイルにちかいガード位置で構えている。

 しかし、オーソドックスでの対応に関してはまだ完全に板についておらず、反応が鈍くシャムロックの右ストレートをインサイドからまともにもらうことになる。

 その右ストレートをもらうやいなや、即、左フック→右ストレートへとつなぎ返す。この返しの反応力・スピードは相当なもので、かなり返しの練習等も念入りに時間を割いてきた成果であろう。

 オーソドックス構えからタックルのフェイント(膝を一瞬落とすようなフェイント)を多用し、相手の反応を窺う桜庭。

 だが、端から打撃で勝負すると決めていたのであろう、タックルにはフェイントだけでいつものように入る気は感じとれない。

 今までの桜庭の戦い方なら、1R2分以内には相手の攻撃に合わせてカウンターの片足タックルを仕掛けることが多かっただけに、今回の戦い方にブラジルで 行った厳しい打撃練習等の成果を、是が非でも試合で見せたい、見せなければという桜庭の想いを私は強く感じた。

■シンプルだが効果的な技術「ハタキ」

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 数分が経ち、サウスポー構えに一瞬スイッチする。

 サウスポーに構えるや少し間(呼吸)を置き、虚をついたタイミングで右のハタキ(相手の左手を上から叩く)から踏み込んで左ストレートへ。

 続いて右アッパーから左ストレートで追い討ちをかけるも、最初の一発のクリーンヒットでシャムロックは戦意喪失し、自ら後退して背を向けロープ際に座り込む。

 それを見たレフェリーは直ちに試合をストップ、桜庭はブラジル修行後の第一戦で見事にTKO勝ちをもぎ取った。

 ここで桜庭が見せた右ハタキの技術は、今では総合はおろかキック界でも使う選手はほとんどいない。 

 VSムエタイ用の対応技として、現役時代の私も相手の伸びている手をはたいて(ハタキ)ストレートをいれる練習を相当していたものである。(ハタキの重要性は意外にもブルース・リーの著書「魂の武器」でも述べられている)

 前に伸びる手をはたかれてストレートをコンビネーションされると、人間というものは、はた かれた手に自然と気がいってしまい、パンチを避けることへの集中力が途切れたようになるものである。これは人間の本能であろう。(現役時代に私もタイのル ンピニー王者ウィチャーンという選手にハタキを使われ、はたかれた手に一瞬気を取られた隙に強烈な右をもらいダウンを屈した苦い経験がある)

 シンプルに見える技ではあるが、非常に効果的であり、キックボクサーには是非身に付けてもらいたい技術の一つである。「このハタキの技術なくして 打倒ムエタイは無理である」というのが私の見解。

 あの藤原敏男(藤原ジム)会長も、このハタキからのパンチのコンビネーションを実に効果的に用い、打倒ムエタイへの布石としたほどの技術なのだ。

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 しかし、残念なことに現在のキック系の選手はほとんどハタキを使わない。技の効果・力を認識していないからであろうか? そのキック系が使わない技術を、総合系の選手である桜庭が用いているとは…。

 また、オーソドックスの構えとサウスポーの構えを織り交ぜながら、打撃で攻撃されると一瞬面食ってしまい、何でもない打撃の気配が読みにくい・見えにくくなることがある。

 現役時代に私は、スイッチ戦法の得意なマンソン・ギブソンという選手と対した際に、スイッチによる構えの変化を多用され打撃を読む勘というか、距離・ポ イントをずらされてしまい、いつ攻撃されるのか一瞬わからなくなるような錯覚に陥った経験をもっている。

 総合で左右のスイッチ攻撃をされると、キック系の試合のスイッチ以上に攻撃が悟りにくくなるのではないだろうか?

 何故なら総合はルールの制限がキック以上に少なく いろいろな技に神経を集中しておかねばならないため、その相乗効果として構えまで変えられるとより対戦相手を幻惑させられるからである。

 その点を十分に意識して用いたのかどうかは、桜庭本人に確認してみないことには何とも言えないが、意識・無意識に関わらずこのスイッチ攻撃を試合で実践したことが、効果的・効率的な攻撃を生み出し、1RでTKO勝ちするという結果を自らの技術で引き入れたのであろう。

■桜庭には天性の「しなり」がある

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 桜庭は元々非常に柔らかく「しなる」体を持ち合わせており,多少手打ちのパンチであっても 自然とそのしなりを利したパンチが打てる。その為、見た目以上にパンチが効くという、総合・打撃を問わず珍しい選手の一人である。(シウバとの一戦目に ロープ際に追い込まれた際に、やみくも気味に放った右スウィングはしなりが効き、シウバを膝まづかせている。国際式ボクシングであればダウンの裁定であ る)

「しなる」という打撃において重要な素質を兼ね備えている桜庭が、今回のシュート・ボクセ修行を皮切りに、より打撃に重点を置いた練習を実践するならば、これからの戦いにおいて大きな変化をもたらすと予想される。

 このスタイルがものになった時、タックル頼みでイニシアチブを奪っていた展開が180度変化し、当然としてタックルへ入る回数は半減するだろうし、負け パターンの一つであったタックルをがぶられ、フロントロックからのヒザ蹴りの連蹴パターンにはまり込むことも同じく半減するであろう。

 桜庭が打撃の精度をより向上させたならば、シウバやアローナ等の打撃にも十分対応が可能となり、当然攻撃の幅も広がり再び桜庭時代の到来を迎える日が来るのも非現実的ではなくなる。

 私の観点から桜庭がより練磨しなければいけない打撃技術は次の2点である。

①ステップインを効かしたジャブとそのジャブへの返し・合わしの対応
②拳にウェイトが乗るよう脇の締め具合、ショルダースウィング、拳の返し等

 この2点をしっかり練り上げることが可能となった時、タックルとの相乗効果と相重なって桜庭の総合力はより増強されると思われる。

 そんな桜庭を早く見たいし、私も待ち望んでいる。いや待ち望んでいるのは私だけでなく、国 内の格闘ファンなら誰しもが思うことであろう。とにかくシュート・ボクセでの練習、そしてこのシャムロック戦を機により一層打撃技術を練り上げ、再び本物 の世界の強豪相手に強くてうまい桜庭を披露してもらいたい。

 最後にマイナス面にも触れておこう。桜庭は自分でリズム感を植えつけるためか、ウィービングの小さな動きを行っていた。その動きにどのような意味があるのか、私にはあまり理解し難かった。

 パンチの攻撃に優れている相手には、このように頭を振ることで顔面の位置を変え、当てづら い標的となり得る有効な対処法となることが多いが、相手のシャムロックは大胸筋、二頭筋が発達しすぎて手の伸びにくい(フォロースルーを効かせづらい)体 系ゆえに、頭をウィーブする動作は却ってスタミナを消耗する要因を作りかねないためである。

(文中敬称略)

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