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第12回 緒形健一、悲願のS-cup制覇の秘密の巻

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S-cup優勝、緒形健一。

 先日行われたSB最大のイベント『S-cup2006』で、緒形が念願の初優勝を成し遂げ た。デビューから15年、実に長い道のりであった。国内でも断トツの緒形の格闘能力の高さを考えれば、もっと早くにS-cupの頂点、国内の打撃系格闘技 の頂点に辿りついていてもおかしくはなかった。

 しかしそんな期待と予想とは裏腹に、ここ数年の緒形は勝率こそ良いものの、はっきり言って地力の半分も出ていない試合が多く、緒形の強さを知る私やマスコミを満足させる試合内容ではなかった。

■ノーモーションの左ジャブの有効性

 緒形の武器は威力抜群の左右のストレート。脇が締まり、構えた位置からそのまま伸びてくるため、力が分散せず拳にウェート・力が乗るのである。

 特に左ジャブは予備動作がないゆえ、構えた位置からグローブごと放り込まれてくるため、対戦相手には見えないパンチ、予期できないパンチとなり、防御する事態が非常に困難。

 この左ジャブをリードブローに使うことさえ可能になれば、ワンツーもしくは右ローのつなぎ自体が相手にとって虚をついた攻撃となり、相手に相当なダメージを与えることになるのだ。

 また相乗効果として左ジャブを使うことにより、緒形の弱点である右ロングフックの打たれる テンポとタイミングをコントロールすることもできる。対戦相手にはノーモーションの左ジャブが見えないため、ヘッドスリップ等の空振りさせる防御技術を使 うことは難しく、見えないパンチへの適応として、どうしても右手に固執したパーリング、もしくはブロッキング等による防御動作しか行えない。こうしてパン チ等の攻撃に対するつなぎ・反応がワンテンポ以上遅れるからである。

■宍戸を死に体にした緒形の左のリードジャブ

 ここからはS-cupでの緒形の闘いぶりを振り返ってみよう。まず一回戦のダマッシオ・ペイジ(アメリカ)戦では、倒すことのみにとらわれた緒形の悪い癖が現れてしまった。

 緒形は左ジャブのリードを完全に忘れてしまい、上半身も硬直していた。人は本能的に、上半身が硬くなると自然に手が上がらなくなり、反応も通常時の1.5倍程鈍くなる。

 こうして左肩が下がったところに、ペイジの右のロングフックをまともに喰らいダウンを喫してしまったのだ。 解説席で試合を観ていた私は、不安で気が気でなかった。それは関係者も皆同じであっただろう。しかし「今回下手を打てば全てが終わる」という緒形自身の不 屈の想いが、この危機を見事に打破し、辛くもKOで乗り切ることができた。

 続く準決勝ではSB史上初のトーナメント上での同門対決を迎えることとなった。

 対戦相手はSB新エースの宍戸。この二人は、今までシーザージム内で何百ラウンドもスパーリングを重ねてきた先輩後輩の間柄、緒形は宍戸の弱点を知り尽くしていた。

 そのため「スパーリング通りにいけば負けるはずがない」という気持ちからか、緒形はいつになく肩の力が抜け、一回戦とは別人のように上半身が柔らかく、それに連なり膝も柔らかくなっていた。

 この宍戸戦で、緒形は見事に長い間眠っていたノーモーションの左ジャブを呼び起こす。上体に柔軟性があるため、まるでスパーリングのようにジャブをリードブローに用いることが可能だったのだ。ジャブを多用する緒形の攻撃はそつがなく、非常に堅実である。

 緒形の見えないジャブにより、宍戸は右ストレート・右ハイ等を出すタイミングが定まらず、上半身を後ろに反らされてしまい、後ろ重心の上半身が伸ばされた死に体になっていたのだ。

 これは見えないパンチに対応ができないと、誰しもが陥る状態である。体の伸ばされた宍戸はステップも使えず、全く反撃すらできない。

その結果、サンドバック状態で緒形に滅多打ちにされ、判定で完敗を喫することになる。逆に緒形は宍戸戦をジャブで乗り切り 非常にいいリズムで決勝戦を迎えることになった。

■サワーからダウンを奪った右ストレートは左ジャブが生きているからこそ
 
 決勝の相手は今やS-cupだけでなくK-1MAXでも活躍するアンディ・サワー(オランダ)。緒形にとってこれ以上ない相手であり、緒形自身4年前のリベンジ戦でもある。

 私は試合前、前回のサワー戦を思い出した。あの試合で緒形は、サウスポーにスイッチしてか らのサワーの左ハイ一発で流れを変えられたものの、2Rまではジャブで試合をリードしており、私は放送の解説でも「宍戸戦のように上手く左ジャブをリード に使えれば、緒形ペースとなるはず」と述べていた。もちろん期待を込めての発言であったことは確かなのだが…緒形はその期待に見事に応えた。

 前半から緒形の左ジャブは冴え、非常に効果的にヒットする。明らかにノーモーションの左ジャブに、サワーはリズムを崩されているように見えた。

 またジャブが厄介なことに加え、準決勝のダニエル・ドーソンの右ローで痛めた左足をかばってか、サワーは得意のじりじり前に出る圧力をかけられない。

 こうしてジャブで主導権を握った緒形は、1R後半に素晴らしいタイミングのワンツーを、ドンピシャでサワーの左テンプルにヒットさせた。その瞬間、日本人に未だ負けなしのサワーがダウンを喫する。

 会場中が総立ちのように沸き返った。技術的に見れば、左ジャブが生きているからこそ、完璧なタイミングのワンツー生み出し、サワー自身も緒形の右を全く予期できなかったのであろう。

 しかしさすがはサワー、ここで萎縮することなく、得意のワンツー左フック、もしくは左レバーからの右ローへつなぎ、猛反撃に転じてきた。ところがここでサワーは重大なミスを犯している。

■緒形に対して自殺行為だったサワーの左レバーブロー

 緒形が左系の攻撃、左レバーやカウンター以外の左フックへの対応が非常に良いことを 認識してはいなかった。

 ジャブが得意な選手に、左レバーや左フックのようにアウトからインにつなぐ攻撃は、上体の硬いサワーにとっては自殺行為である。過信からだろうか、私には研究不足のようにさえ観えた。

 相打ちしてみれば分かることではあるが、アウトからの攻撃は、外から入ってくる分、ストレート系の比べると、どうしても0.1秒ほど遅れがちとなり、カウンターを合わされ易くなるのだ。またフックやアッパーを多用すると、どうしてもガードに隙間が生じてしまう。

 緒形はその隙に乗じるかのように、前回の戦いと同様、非常に上手くジャブを繰り出し、試合の主導権を握り続ける。さらに緒形は後半になると、ジャブから右ローへつなげるようになり、この上下の攻撃の分散には、さすがのサワーも完全に失速。

 こうしてサワーは緒形の「強いS-cupへの想い」にラウンド毎に押されていった。それでも必死に挽回しようと猛攻を仕掛けるサワーであったが、ここで 緒形はサワーの出際に合わせて上手く間合いを潰す首相撲等を用いる。こうして緒形優勢のまま、3R終了のゴングを迎えた。

 この瞬間、私が優勝して以来12年ぶりに日本人がS-cupの栄冠を掴んだのである。 

■左ジャブ主体の緒形ならブアカーオも攻略できる

 冒頭でも述べたが、本当に長い長い道のりであった。私の引退後、この男がSBを継ぐものだと、ずっと信じていたし、期待もしていた。

 しかし素材抜群の緒形は、私の期待を12年裏切り続けてきたのである。そんな緒形がやっと真のSB継承者と認められるS-cup優勝を果たしてくれた。 本当に感無量、緒形の優勝は自分のことのように本当に嬉しかった。

 S-cup決勝でサワーと戦ったジャブ主体の緒形なら、きっとSB失墜の悪夢の15秒は消え失すことができるはず!

 個人的には、是非とも難攻不落と言われ磐石の強さを見せつけている、K-1MAX最強王者のブアカーオ・ポー.プラムックとの緒形の対戦が見たい。ブア カーオを撃破するまではSB失墜の悪夢の15秒は消え失せないのだから…

(文中敬称略)

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