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第4回「500年の歴史を誇るムエタイで1、2を争う天を突くヒザ蹴りとダイヤモンドの前蹴りが来日」

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「ムエタイの魅力、語りまくります」の第4回。今回は1989年7月2日に開催された『’89格闘技の祭典』に来日した伝説のムエタイ戦士のエピソード。

 今でこそメールやFAXで対戦カードなどのプレスリリースが送られてくるのは当たり前となったが、当時は一部を除いてこちらから団体に電話をして、決まったカードを教えてもらうというのが普通だった。ある日、7月2日に後楽園ホールで開催される『’89格闘技の祭典』の決定カードを聞くために主催者へ電話した。

 この『格闘技の祭典』は劇画原作者の故・梶原一騎の追悼記念興行として行われ、前年には両国国技館で空手、キックボクシング、プロレス、異種格闘技戦など様々な試合が組まれて話題を呼んだ大会だった。今回は後楽園ホールでの開催となったが、同じく様々なジャンルの格闘技とプロレスの試合が行われるというイベント。

 いま思えばかなり画期的なのだが、極真を除くフルコンタクト系空手のチャンピオンまたはチャンピオンクラスが一同に集い、トーナメントで対戦する「リアル空手チャンピオン決定トーナメント」には、当時すでに注目を集めていた佐竹雅昭が出場。他にもキックボクシングのタイトルマッチや、史上初の日本人同士による異種格闘技戦として大仁田厚vs青柳政司なんてのも組まれていた。

 その中で、広報さんが“どうだ!”と言わんばかりにやや興奮気味で教えてくれたのが、ディーゼルノイとチャモアペットが初来日する、ということだった。「どうですか、凄いでしょう」と広報さん。しかし、当時ムエタイに関してまったくと言っていいほど知識がなかったボクにはピンと来なかった。とりあえず、先輩に報告すると「本当かよ! それはスゲェ」とこちらも興奮気味。どっちかと言えば大仁田vs青柳の方が面白そうだな、と思っていた当時のボクに、先輩がその2人のことを教えてくれた。

 ディーゼルノイ・チョータナスカン。ライト級(61.23kg)では異例の185cmという長身(187cm説もあり)を誇り、その長足から繰り出されるヒザ蹴りは“天を突くヒザ蹴り”と称された。あまりにも強すぎて対戦相手がいなくなり、若くして引退に追い込まれたというエピソードを持つ。現在でもムエタイ史上最強の選手だと評価する人が多く、まさに生ける伝説だ。

 チャモアペット・ハーパラン(のちにトーユンヨン、チョーチャモアンに所属名が変わる=ムエタイ選手の場合、前の名前がリングネームで後ろが所属ジムやスポンサーの名前となる)。現在では“ムエタイ9冠王”として知られるが、この来日当時はまだ7冠王だった。ダイヤモンドの槍と称された前蹴りと、首相撲からのヒザ蹴りを得意とし、こちらも近代ムエタイが生んだ最高の選手として名高い。

 500年の歴史を誇るムエタイの歴史の中でも、この2人は“天才”と称されたサーマート・パヤクァルンと共に常にトップ3を争う名選手。その2人が初来日して、試合を行うというのだから、格闘技界的にはそりゃあ凄いことだった。

 とりあえず先輩からの説明を聞き、凄い選手がやってくるんだなということは分かったのだが、正直なところ感想は「ふーん」くらいだった。ムエタイのトップ3に入る、と言われてもムエタイがどれほどのものなのかがよく分かっていなかったからだ。

 しかもこの2人 ・・・

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