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第11回 本当に無敵!? セームシュルトの強さ&対応策の巻

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■45度に切り上げてくるヒザ蹴りは見切りづらい

 2005年度のK-1 WORLD GPで抜群の強さを発揮し、見事に優勝を飾ったセーム・シュルト。歴代優勝者と比べても、歴代最強王者に値する実力を兼ね備えているのではないだろうか?

 シュルトの闘い方はヘビー級では珍しい 膝を主体としたムエタイスタイルである。やや八の 字気味に手を上げながら、歩み足で前々に出てプレッシャーかけていく。そうして間合いを詰め、首を左手で交差するように引っ掛けながら(左交差掛け)左膝 を顎めがけて袈裟切りの逆軌道の如く45度上に切り上げ相手の死角から放っていく。

 私の経験上、45度に切り上げてくる膝は非常に見切りづらく、この膝を放てる相手と闘う場合には袈裟膝を常に念頭にいれながら、相手との位置、リズム、技の選択を考えて慎重に闘わなければならない。

 この時点で相手にイニシアチブを奪われていることになり、オーソドックスな型の相手と対戦する数倍以上のスタミナを浪費するものである。

 あの上背・リーチ・懐の深さで間合を詰められては 左袈裟膝蹴り(顔)の間合いに合致してしまい、非常に危険な状態となる。それを避けるために自然とシュルトに対した相手は後ろへ退かされてしまう。

 軽量級の選手ならば後ろへ退かされても、バックステップとサークリングを上手く共用して、 その間合いを外して攻め込むことも可能なのだが、体の大きなヘビー級ではステップを用いるだけのバランス・脚力、そしてスタミナに限りがあるため、軽量級 の様な対応ができない。(自然の体の法則)。

 シュルトは右・左と交互に足を踏み出す歩み足からの膝蹴りに加えて、間合いを詰めてからの左前蹴りも得意としている。

 これが左膝と連係することにより、より相乗効果を生み出した攻撃となり得るため、対戦相手 は気を上下へ散らされることとなる。袈裟膝に意識をとらわれ、意識が上段に集中するため、そんな時にボデイを攻められれば、完全に虚を突いた攻撃となり、 虚を突かれた攻撃というのは子供の蹴りでも効いてしまう。

 その蹴りを放つのがシュルトでは、一撃で即倒してしまうのも無理はない。シュルトはこの左 からの袈裟膝(顔面)、左前蹴りの2パターンの戦法しか持ち合わせていないのであるが、あの2メートルを超える上背とリーチがあればこのパターンだけで威 力と強さを発揮するには十分であり、この攻撃法を崩すことは容易なことではない。

■効果的な半歩サイド位置への移動を駆使せよ!

 歴代王者最強といわれるシュルト対策について、私なりの私見にて論じてみたい。

 誰しもが最初に考える対策は、体の割りに細く見えがちな左足をローで崩すことで活路を見出そうとすることではないだろうか。

 K-1GP準決勝で対戦したレミー・ボンヤスキーも、大柄なシュルトの弱点を誰もが予測する左足と考え、右ロー狙い一辺倒の策を取っていた。

 しかし、常に前に出てくるシュルトに対して後手後手に回らされてしまい、圧力にも押されて、そこから右ローを返そうとするために体が伸びて重心が上がっ た体勢であるゆえに、いつもの切れ味が無くロー自体を見事に封殺されていた。

 重心を浮かされてしまってはさすがのレミーでも手も足も出ず、浮いた上体ではボディも虚と なり必要以上にボディへの左前蹴りが効くこととなり、KOに葬られたのであろう。後ろへ退かされるとステップワークに優れていない者は、バランスが良くて もどうしても上体が伸びがちとなり、腹の締めが甘くなる。それゆえ、自然とボデイが打たれ脆くなるのだ。それは体の大きいヘビー級とてかわらない。

 では どう対処すれば いいのであろうか?

 やはり、基本的には退かないことが大事である。しかし シュルト相手にこれは不可能であろう。可能ならばシュルトの周りを回りたいが、大柄なヘビー級にその脚力を求めるのは酷。

 脚力を要さずに回るには、パンチを打ちながらやや左サイドへ踏み込み、そこから半歩サイド位置へ出る。続いて再度パンチを繰り出しながら同様に半歩サイド位置へ出る。

 半歩というのは相手にとって大きくも小さくもない移動ゆえに、意外にも相手に悟られず反応を起こされにくい動きとなり、安全且つ最高の位置への移動ができる。

 この位置から繰り出されるパンチは普段の角度と異なるためにインサイドからヒットしやすく、ここからのパンチと右ローを共用すると非常に良い攻撃になる のだ。パンチとの相乗効果によって効果的な右ローとなり、ダメージも自然と蓄積するであろう。

 格闘技を習っている人には、「打ちながら位置を取る」ぜひ、これを実践してもらいたい。必ず今までと違った効果を自分の中で掴み取れるだろうから…。

 中国の武術家で形意拳の達人郭雲深も、「半歩あまねく天下を制す」と口伝している。半歩の移動が如何に闘いにおいて有利であるかを述べているのだ。この半歩の移動動作が脚力のないヘビー級には最適であろう。

 この左サイド位置を取ることで左袈裟膝蹴り、左前蹴りのピンポイントをずらすことが可能となり、パンチの軌道も見切られにくくボデイに関しても抵抗力が生じ、タフネス差も自然と増す。

 また、この様に半歩サイド位置を取ろうとする行為は、自然と真っ直ぐに退く状況を抑え、膝蹴りの防御力もアップさせるのである。

■シュルト対策に最も適した選手はバンナ!その理由

 しかし もし万が一、半歩サイド位置を取れなかった場合はどうするのか? どうすべきなのか?

 私が経験上考えるもう一方の対策は、サウスポー構えを取るスイッチ戦法である。それも通常 のサウスポー構えより少々大袈裟に左半身に構えるのだ。この構えだと自身の右サイド45度へすり上がってくる攻撃が非常に見えやすくなるため(死角を消 す)、袈裟膝を右腕ブロックしやすい(空手の試合等でも 左変則ハイが得意な相手にはわざとサウスポーにスイッチして闘っている)。

 ボディ攻撃に関しても、急所であるレバーを右肘と半身の構えでしっかり覆うことができ、ボ ディ全体への前蹴りに対しても半身ゆえに最も効く90度の角度で蹴りを受けることを避けられ、仮に蹴りを受けたとしても打突部位の角度はMAX60~70 度くらい。ボディへの衝撃をそれなりに緩和できるのである。

 ただし、サウスポー構えを取るにしても、可能であるならば右利きサウスポーがより理想的で ある。何故なら右利きサウスポーは本来は右利きなので、たとえサウスポーに構えたとしても自然の体の法則により、必ず前足の右足にウェイトがかかり前足 ウェイト6:後ろ足ウェイト4くらいの重心ウェイト配分になる。この重心位置である方が上体が伸びにくく、よりボデイ攻撃に対処しやすい状態を保てる。

 攻撃としては、この半身サウスポー構えから、シュルトの八の字構えのガードの隙を突き抜く左右アッパーを打ちたい。あの八の字ガードを崩すには下からの45度攻撃以外にない。ストレートやフック系にシュルトは慣れているが、アッパー系には打たれ慣れている感じがしない。

 シュルトはムエタイ戦士の様にスウェーでパンチをかわす技術は持ち合わせておらず、やや縦 拳気味にアッパーを打ち込んでいけば非常に有効な攻撃となり、打たれ慣れていないシュルトには相当効くであろう。この戦法を実践するにあたって、最も適し た理想的なK-1選手は誰であろうか?

 それは、12・2東京ドームでの『K-1 WORLD GP2006決勝戦』でシュルトとの対戦が決まったジェロム・レ・バンナ以外にいないと私は思っている。

 彼は右利きサウスポーゆえ、後ろ足にウェイトが掛かりすぎることもなく上体も伸びにくく、 また前手で威力ある右アッパ-を打ち放つことが出来る。バンナほどの体力があれば、ボデイ攻撃へもしっかり半身を切ることで耐え切れるであろうと推測す る。蹴りのディフェンスにおいても、左ハイ系にはしっかりアームブロックで防御している実績が過去の試合より証明されている。

 バンナならばしっかり上記にあげたような対応策を練り上げて試合に望めば、必ずや打倒シュルトも夢ではないと私は観ている。シュルトVSバンナが、今からすごく楽しみだ。バンナのパンチ力をもってしてアッパーを打ち放てばーーと大いに期待している。

 しかし、もし万が一バンナをもってしてもシュルトの牙城を崩せなかったら、果たせなかった としたら、しばらくシュルト時代は続くであろう。恵まれた体型・体力の選手を打ち破ることこそ格闘技の醍醐味ではあるが、化け物的強さを誇るシュルトを打 破する、してくれる選手の到来はそんなに近いものではないだろうし…。

(文中敬称略)

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