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【月間ベストファイター・9月】“怪物の覚醒”野杁正明がK-1ウェルター級王座決定トーナメントを制した理由

■安保のある姿を見て、優勝を確信した

カーフキックを効かせる野杁

 トーナメント初戦は、FUMIYAと対峙した。ケガをしてから一度も、フルパワーでミットを蹴っていなかったというが、直前のアップでは違和感なく動けた。試合は、強化してきた左ボディブローをヒットさせて、最後は右ストレートでKO。圧勝だった。続く準決勝の寧仁太・アリ戦も、三日月蹴り、左ボディブローで沈めた。寧仁太に対しては、三日月蹴り、ローキックで崩せると読んでの計算通りのKOだった。

 安保も、野杁に続くように一回戦を二段蹴りでKO。準決勝で松岡力戦を迎えた。安保は1Rに右ストレートで松岡からダウンを奪う。ここも1R KOかと思われたが、なぜか距離を詰めることなく慎重に戦うことを選択した。

「ダウンを取って、そのまま1RでKOするかと思いましたが、攻めあぐねていましたよね(3R KO)。あの時に、自分は勝ち(優勝)を確信しました。僕も松岡選手と過去に戦っているので、独特の雰囲気を持っていることは知っています。それから松岡選手のレベルが上がっていたとはいえ、あそこは一気に攻めてKOするべきでした。少なくとも僕だったら、行っていますね。次の試合もあるので」と野杁はターニングポイントを振り返る。

この野杁のボディフックで安保は息ができなかったという

 チャンスの時にカウンターを食らって負けることは、勝負にはよくあることだ。だが、真のチャンピオンはそれをもはねのける力を持っている。野杁は、安保の心の弱さを見抜いていた。

 決勝は、試合後のコメントで野杁が語ったように、1、2Rを相手にあげるつもりで戦っていたという。その真意は、何か。野杁は静かに解説してくれた。

「余裕と思った状態から焦りが出始めてしまうと、なかなか気持ちを立て直すことができないんです」

 あえてスロースタートすることで、安保に自信を与え、そして後半に巻き返すことで不安にさせる作戦を実行した。

「映像で瑠輝也の表情を見てもらえれば分かると思いますが、1Rは余裕という顔つきと態度だったんですが、2Rになるとじわじわとローキックを蹴られて、焦りに変わってきます。2R後半から3Rになると、どうしようという感じでクリンチで逃げるようになっています」

 たしかに映像を見返すと、1Rと2R後半からの安保は別人のように感じる。クリンチも増えている。そして、冒頭のフィニッシュへつながった。

■KOできない悔しさが強烈なボディブローを生む

野杁のボディフックでダウンする安保

 完璧な戦略。手負いとなったことで、追い込まれた怪物が覚醒したといっていいだろう。気になったのは、三日月蹴りでも前蹴りでもカーフキックでもなく、ボディブローだ。一発で形勢を逆転しているように見えた。

「じつは、ボディブローをかなり練習してきました。(所属ジムの)渡辺雅和代表に防具をつけてもらってボディ打ちをしたんですけど、かなり脇腹にダメージを与えてしまいました。それでも体を張って受けてくれていたんで、結果で恩を返そうと思っていました」

 ボディブローを強化した背景には、「ここ最近、試合が終わった一夜明け会見で記者の方々に倒せないことを指摘されてイライラが募っていました。『今に見てろよ』と思い、自宅でフィジカルアップをしてきたんです」と野杁。筋断裂はオーバーワークが原因なのかもしれないが、負けず嫌いの性格が彼を強くしているのは間違いない。

「毎試合、進化していないと対策を練られやすいですからね。それに、見ているファンも、新しい発見がないと楽しめないじゃないですか」と常に変化を求め、努力を続けていることを明かす。彼のモチベーションは、今の自分に満足していないことなのだろう。

「あとは、家族ですね。昔、ジョーダン・ピケオーに負けて(2019年3月10日)、娘が大泣きしたことがあったんです。二度と、そんな思いをさせたくないと思いました」と家族の存在の大きさを忘れない。K-1 WORLD GP第2代ウェルター級王座決定トーナメントの表彰式で家族をリングに上げて記念撮影をしたのは、感謝の気持ちからだろう。コスチュームを着た子どもがリングに上がった姿を憶えている人もいると思うが、事前に用意していたという。ケガもあったが、プレッシャーはなかったのか。

「プレッシャーは、ありません。試合前から、タイトルを獲るのは僕だと思っていましたし、コスチュームを見て、可愛いなと思っていたくらいなんで」と笑い飛ばした。練習に対する真摯な取り組みが、不安を一掃してくれているのかもしれない。

 ジムの仲間との絆も強い。渡辺代表をはじめとするトレーナー陣への信頼関係、武尊、卜部兄弟(弘嵩&功也)、山崎秀晃らトップ選手とのスパーリングと意見交換が強さを支えている。

「武尊君は、ストイックで頭がいい選手。試合だとガムシャラに向かっていくイメージがあるかもしれませんが、本来は試合を組み立てていくスタイルです。戦略に爆発力が加わっているのが強みですね。できれば、戦いたくない相手です(苦笑)。功也君は、戦略家でテクニシャン。自分と意見が合うことが多いです。弘嵩選手は、爆発力がすごく、意外なタイミングでハイキックで跳んでくるので油断できません」

 家族、仲間、負けず嫌い、向上心、ポジティブ、戦略家。すべての要素が揃い、野杁をチャンピオンに押し上げることとなった。

 今後の目標は、自身のタイトルをかけた世界トーナメントだ。

「海外の選手3名と、僕の4人による世界トーナメントをやりたいですね。ジョーダン・ピケオーが体重を落とせるならば、参加してほしいです。僕が勝てないと思われている海外の選手を集めて、そこで優勝したいですね」

 覚醒した怪物は、敵が強くなればなるほど、進化をするに違いない。

■月間MVPを受賞した感想

「がんばって結果を出したことが評価いただけて、素直に嬉しいです。賞品は、プロテインですか⁉ ケガが多くなってから、サプリメントやプロテインを摂るようにしていたので、ありがたいです。また評価してもらえるように、がんばります!」

(取材/文=松井孝夫、構成・編集=イーファイト編集部)

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