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【訃報】極真空手伝説の男・黒澤浩樹が逝去

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2017/03/29(水)UP

極真空手が生んだスーパースターだった黒澤浩樹・聖心館館長

 極真空手の強豪として知られる聖心館館長・黒澤浩樹氏が、3月25日に急性心不全のため他界した。54歳だった。

 黒澤氏は1997年10月11日に開催された格闘技イベント『PRIDE.1』で総合格闘技に挑戦し、イゴール・メインダートの投げ技をこらえようとした際に右膝十字靭帯を断裂。長年、その後遺症に悩まされていたため、「格闘家として万全な状態で自身の更なる精進と精度を高め、そして愛弟子達に最高の指導をすべく」(聖心館公式facebookより)昨年に膝の手術に踏み切り、そのリハビリ中だったが、血圧が高い状態が続いており、それが急性心不全を引き起こした。

 聖心館の公式facebookによれば「黒澤浩樹の性格を察し、密葬を内々で行い荼毘に伏しました」とのことで、現在は遺骨を黒澤氏が愛した道場に安置し、弟子たちの稽古を見守っているという。これは「前日まで気丈にリハビリの渦中でありながらも指導を行っていただけに、師を失った弟子達も悲しみにくれておりますが、黒澤浩樹の格闘に対する魂を受け継いだ弟子達は黒澤浩樹が生きていた時と変わりなく稽古をしております」(同)との理由から。

 聖心館関係者によれば、日時などの詳細は決まっていないが、落ち着いたところでお別れ会を執り行う予定だという。

代名詞だった強烈な下段回し蹴りで一本勝ちを量産。多くの名勝負を刻んだ

 黒澤氏は極真会館に入門し、1984年に開催された第16回全日本空手道選手権大会に初出場で初優勝。代名詞ともなった強烈な下段回し蹴りを武器に、顔色ひとつ変えず冷静に戦うその姿から“格闘マシーン”の異名で呼ばれた。

 また、手の指の骨が折れ、皮膚を突き破って露出した状態でも突きを繰り出し最後まで戦い続けたことから、極真魂の権化とも言われ人気を博した。

 1987年の全世界選手権では6位、1991年には3位に入賞などの実績を残し、1997年にPRIDEに参戦。2000年にはK-1のリングにも参戦した。1998年に極真会館から独立、黒澤道場(現・聖心館)を設立。後進の指導と空手の普及のため尽力していた。

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