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第3回 宍戸大樹VSイム・チビンの巻

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写真撮影:橋本宗洋

 6月のシュートボクシング興行で、緒形健一を強烈な左ミドル・ハイで2RKOに葬ったイム・チビン。今回の対戦相手である宍戸は、中量級では非力な部類に入り、当然として緒形戦以上に左ミドルのパワーに押し込まれることが懸念されていた。

 それに輪をかけるように、何と契約体重が前回同様の71kgである。宍戸は自然体重が69kg(公式計量68・1kg)にも満たず、試合時にも当然増量は望めず68.1kgのままであろう。

写真撮影:橋本宗洋

 一方、イムはウェイトを落としてきての71kgゆえに、試合時には当然増量されており74~75kg程になっていたかと思われる。試合時のリング上での二人の体格差は歴然としており、見た目には7kg近くの差があったのではないだろうか?

 明らかに体格的なハンディを負い、且つ前回の試合でイムが見せた、パワフルな左ミドルを繰り出されては厳しい闘いは避けられず、宍戸の勝利は難しいというのが大方の予想であった。が 私の予想は違っていた。

 結果が出てからのコメントゆえに説得性には欠けるが、厳しい闘いにはなるものの私は宍戸のスタミナ勝ち(判定勝ち)を予想していた。

 常に細かいステップワークを心掛け、出入りの激しい宍戸のスタイルに必ずイムは戸惑い、溜めを効かして放つ左ミドルのタイミングは微妙にはずされる。それにより左ミドル自体の威力も殺されて自身のペースをも崩し、スタミナ切れを起こすだろうと予測していたからである。

<藤原敏男と酷似している宍戸の戦術>

 実際、試合が始まると宍戸の動きについていけないイムを開始早々から見ることになる。入り のスピードがライト級並みの宍戸は、容易にイムの距離に入り込み、パンチ&蹴りへとつないでいく。反応力も異常に速く、イムの左ミドルを難なくさらりとス ウェーでかわしてしまう。それでも何度かは左ミドルを腕の上から喰らってしまうのだが、常にステップワークを休めない宍戸には体にスプリング作用が生じて いるため、宍戸の軸を捕らえることができない(=効かない)非効率な左ミドルとなっていた。

 イムは宍戸の動き(=スピード)についていこうとするために、自らの技を素早く繰り出そうとするのだが、技を速く出そうとすると却って力みが生じやすく、【力む=呼吸を一瞬止める】となり必要以上にスタミナを消費していた。

 実際、1R終了時点で考えられない程に息が上がっており、本部席で試合を見ていた私はこの時点で宍戸の勝ちを確信していた。息の上がったイムを見て私は、宍戸VSチャンプアック戦の時を思い出していた。

写真撮影:橋本宗洋

「あの時も、1Rでチャンプアックの息は上がっていた…」と。宍戸に対する選手は、あの動きやテンポに自然と合わしてしまい(合わすように誘導される)、気がつけば自分のリズムが崩れ、自然とスタミナが奪われている。

 私が技術的に最も尊敬し、究極の打撃技術を兼ね備えておられた元ラジャダムナンライト級 チャンピオンの藤原敏男氏(現・藤原道場会長)も、ムエタイのリズムを自らの独自のステップワークで翻弄し、相手のスタミナを奪い去っていた。宍戸の技術 もレベルは違うとはいえ、まさしく藤原氏の動きによる相手の反応利用による破壊(スタミナ切れ・リズムの破壊)と酷似している。

 ラウンド間のインターバル中の宍戸は、本部席から指示するシーザー会長の指示に耳を傾け、その後にコーナーから5メートルもサイドに位置する私の方にも目をやり 指示を仰ごうとしていた。

「相手は1Rでもう息が上がった。だから一発以外に危ない攻撃はない。本来は右利きゆえに右 フックだけ気をつけるように…」と、私は宍戸に伝え、宍戸もその指示をしっかりと理解し頷いていた。結局、宍戸はシーザー会長の指示を仰いだ後に 私の指 示もフルラウンド仰いでいた。

 ラウンド間にこれだけ落ち着いて冷静に指示を仰ぐ選手は、そういるものではない。私が指導 している寝屋川ジムの選手たちは、セコンドにつく私の指示にすら頷く仕草も見せないのに、この宍戸の冷静に的確な指示を仰ごうとする姿勢には本当に感服し た。これだけ冷静でいられるのは闘いに余裕があり、闘いをよく理解しているからであろう。宍戸の日頃の厳しい練習を考えれば これだけ冷静でいられるのも 当然のことだが…。

<息が上がってもラウンドの合間に再生し、再攻撃が可能>

 2R目以降も宍戸は独自の細かいステップワークを駆使してリング上を動きまくり、イムのスタミナを刻々と削り取っていった。息が上がり、宍戸のスピードについていけないイムは、必死に首相撲からのヒザに持ち込んでくる。

 この首ヒザの機会を宍戸が容易に与えすぎたがために、1Rで息が上がっていたイムに2R後 半から立て直すリズム、間合いを与えてしまうことになる。首ヒザにこられるとすぐに背中をイムに向けて、腕絡みを狙いに行くのが宍戸のスタイルではある が、イムのようなヒザの上手い選手にバックを何度も取らせることは、却って相手にヒザを入れやすくしてしまい、変にペースを与えかねない。

写真撮影:橋本宗洋

 それゆえ、時には真っ直ぐに相対してヒザ蹴りに足払いを合わせるなどして、一度でも転倒さ せることが出来ていればよりイムは失速していたであろうし、息を吹き返してくることもなかったであろう(タイ式の選手は転がされることにかなり神経質で、 一旦転がるとリズムが崩れてくる選手が多い=経験より)。このあたりは今後の宍戸の課題である。

 3R以降には、宍戸のパンチが少しずつイムの顔面を捕らえ始める。リングサイドで観戦して いた私はイムの右フックの合わしだけを恐れていたが、3R以降は完全に攻撃にキレがなくなってきており、宍戸が仮に誤って一発をもらったとしても倒れる心 配もないと観ていた。そのような中、試合は4Rに大きく動く。

 細かいパンチからペースを掴み、息の上がるイムをコーナーに詰め込んで、怒涛のラッシュを 宍戸が繰り出していく。この攻撃に防戦一方のイム。宍戸は顔面に意識をもっていってからのボデイへの左ヒザで見事にダウンを先取する。辛うじて立ち上がっ たイムに対して、さらにラッシュし、右ミドルで2度目のダウンを奪う。宍戸は4Rまでにかなりの手数を出し切り、それなりにスタミナを消耗しているのでは あるが、彼の場合、息が上がっていてもラウンドの合間に再生し、再攻撃が可能となる点が普通の選手と異なる点であり、大きな武器となっている。

 イムは相当なダメージ、もしくはスタミナの消耗があったにも拘わらず必死に抵抗し、最終ラウンドへと突入するのではあるが、抵抗むなしく2回ダウンを奪った宍戸の圧勝(判定勝ち)であった。

<宍戸の打撃技術は国内屈指のものとなりつつある>

 この試合を見て、改めて宍戸のステップワーク及びリズム・テンポが世界に通用する技術であることを再認識させられた。これだけの体格差をものともせず、平然と試合をこなす宍戸の技術は、国内中量級において魔裟斗と双璧ではなかろうか?

 試合中も常に冷静に指示を仰ぎ、攻撃をしっかりと上・中・下・両サイドに散らしていく独特のテンポからなる戦術は、キックスタイルの常識を超えたNEWスタイルの感がある。

写真撮影:橋本宗洋

 この試合において、何度かロープ際に詰められパンチをまとめられることもあったが、冷静にしっかりと堅実な閉じブロックを実践し、ロープに詰まりながらも左前足ストッピングも活用しており、危なげが全く感じられない。

 今回の試合で驚いたのは、3Rだったか4Rであったかは忘れてしまったが、コーナー際でク リンチに来るイムに対して、宍戸が総合の選手がよく用いる“肩打ち”を行っていたことである。これは、あらゆるものを武器に活かして自らの軽量ゆえのパ ワー不足を克服しようとする姿勢、想いの現われであろう。この肩打ちを見た時、「まだまだ貪欲に技術向上に研鑽している! まだ技術的にもこの男は伸び る」と確信した。

 宍戸の打撃技術はまさしく国内屈指のものとなりつつある。この技術に、せめてあと3kgの増量が可能となった時、国内すべての団体を統括する選手と成り得るであろう。

 今や宍戸はSBの至宝から、国内格闘技界の至宝へと化けようとしている。

 これからは団体の枠を超えた、さらなる飛躍が強く強く望まれるであろう。宍戸にはより課題 を克服してさらなるレベルアップを図り、SBの名を、そして自らの名を世間に広めてもらいたい。そう願うのはもはや私だけではあるまい。今後の宍戸のすべ ての試合は要注目である。本当に宍戸は凄い選手になった、と改めて感じさせられた試合であった。

(文中敬称略)

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