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【訃報】キック界の名伯楽、目黒藤本ジム藤本勲会長が死去

2020/05/07(木)UP

故・藤本勲会長

 日本で最初のキックボクシングジム目黒ジムを受け継いだ目黒藤本ジムの藤本勲会長が5月5日死去した。78歳だった。

 18年の暮れごろから間質性肺炎を患い入退院を繰り返し、昨年12月8日に主催した新日本キックボクシングの興行で、体調不良もあり引退を宣言、会長職を退いた。そして今年1月30日には54年続いた名門・目黒ジム(99年より目黒藤本ジム)を閉鎖した。

藤本会長(左)と小野寺力(2005年8月)

 藤本氏は1942年1月24日、山口県出身。剛柔流空手を経てキックボクシングを学び66年、目黒ジムよりプロデビュー。同ジムで劇画『キックの鬼』で主人公になった沢村忠と練習を共にし、日本ヘビー級(67kg級)王座、東洋ミドル級王座を獲得した。
 戦績は51戦40勝(32KO)11敗0分と高いKO率を誇り、ヒザ蹴りが得意でKOを量産したことから”ヒザ蹴りジャックナイフ”の異名をとった。

藤本会長と当時ラジャダムナン王者だった石井宏樹(左)=2012年2月

 69年引退後は、目黒ジムの会長代行を行い、99年に会長職。場所を移し目黒藤本ジムと名称を変更した。藤本会長体制となってからは初代新日本キックボクシング協会フェザー級王者の小野寺力をはじめ、石井宏樹、勝次、緑川創、HIROYUKIなど11名のチャンピオンを生み出し名伯楽ぶりを発揮。その中でも石井宏樹は日本人4人目のラジャダムナン・スタジアム王者に輝いた。

 石井は藤本会長の死去に際しSNSにて「自分が何度挑戦してもラジャのベルトを腰に巻けなかった時に、『また挑戦しよう!ラジャのベルトは俺の夢だから』と諦めないでずっとサポートしていただきました。自分がブレずに最高峰のベルトに向かって突き進めたのは藤本会長のおかげです。藤本会長、今まで本当にありがとうございました」とコメントを発表している。

かなり痩せてしまった昨年12月の引退式の藤本氏

 また新日本キックボクシング協会の伊原信一代表は6日夜に藤本会長の訃報を発表。「生前はキックボクシング界の創成期より、キックボクシングを愛し、常に業界の発展にご尽力をされてきました。ここに哀悼の意を表しますと共に、謹んでご冥福をお祈り申し上げます」と故人を偲んだ。
 伊原代表によると、葬儀は家族のみで行われる予定で、後日、改めてお別れの会を執り行う予定という。

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