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第5回「猛者たちの凄すぎるエピソード」

 今回は極真OBたちを取材していく中で聞いた、猛者たちの破天荒エピソードを思いつくままに書いていきたい。

 ボクが『ゴング格闘技』編集部に入った当時、空手は格闘技の中でトップクラスのメインコンテンツだった。とは言っても、今と比べれば格闘技自体の種類も団体も比べものにならないくらい少なくて、雑誌で取り上げていたのは空手以外ではキックボクシングが3団体、シュートボクシング、修斗(アマチュアからプロになる転換期)くらい。プロレス(主にUWF)がもうひとつのメインコンテンツで、あとは柔道、レスリング、ボクシングもけっこう掲載されていた。なにしろ、今からでは考えられないが、2ページの試合スケジュールを埋めるために新日本プロレスや全日本プロレスの日程も入れなければならなかったほどだ。

 そんな中で空手(特に極真)はかなり人気のあるコンテンツであり、1989年5月号の『極真伝説』特集は完売、それを受けて10月号では空手特集が大々的に組まれた。この時、ゴン格では初めて正道会館、大道塾、佐藤塾といった極真OBが設立した団体を掲載したのである。これが後に、以前コラムで書いた「熊久保、夏合宿で大山総裁に怒られる」事件の引き金となったわけだ。

 当時、正道会館は佐竹雅昭と柳澤聡行をエースに話題を集め始め、大道塾はちょっとしたブームとなっていた。以前にも書いたがゴン格は大山総裁と「極真を辞めていった弟子たちの流派は掲載しない」との約束があったらしくて、なかなか掲載に踏み切れず、この号で他誌に遅れてようやく掲載となった。

 掲載するきっかけとなったのは、大山総裁が機関誌『パワー空手』で“空手界の大同団結”を呼びかけたことだった。1987年に開催された『第4回全世界大会』で日本は史上初と言ってもいいくらいの大ピンチを迎え、辛勝で世界王座を守った。これに危機感を覚えた大山総裁が、「今こそ日本の空手界は一致団結して世界に立ち向かうべき」と唱え、各流派に参加を呼びかけたのだ。

 ゴン格ではこれ幸いとばかりに、「じゃあ他流派の代表に大同団結するかどうかを聞いてみよう」と企画し、めでたく初掲載となったわけである。

 その中で異彩を放ち、話が一番面白かったのは ・・・

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